読んでみて、厚さこそ薄いけれど、たしかに濃い〜内容の一冊でした。主人公は31歳の少年。と書くと変ですが、幼い頃の交通事故がもとで、小学校低学年ほどの理解力しかありません。少年の心のまま大人になったとも言えます。一連の物語はこの主人公ボビーの目を通して、ボビーの口から語られます。
ボビーはなぜ家出したのか。ボビーが嫌い恐れる“デブ”とは誰なのか。ボビーが出会った“小さい男”の素性はどういうものなのか…。物語が進むにつれて事情は明らかになるのですが、メルヘンチックな本の装丁からは想像もつかぬ内容で、命や物の価値、罪と罰などに思いを馳せるお話でした。
私は、人間も動物の一種、生態系を形作る種のひとつであり、動物の上に立つものではないと思っていますが、動物の一種である以上は弱肉強食のルールも成り立つと思っています。だから菜食主義者ではないし、害虫のたぐいが自分に害を及ぼすときは殺してしまいます。イヌイットが寒さをしのぎ、生きるためにアザラシの皮を剥ぎ、食すのは仕方ないと思いますが、着飾りたいがため、お金儲けのため、楽しみのための狩猟には反対です。子供の時期だけ真っ白なアザラシが、毛皮に穴を開けないために撲殺されるというのを、若い頃にテレビで見て以来、もう絶対にダメです!p(><)q
物語の“小さな男”サマーズさんは、小さな生き物たちの死に無頓着な人間に耐えられずアルコール依存症となり、精神の一部が病んでしまったわけですが、小さきものの死を悼む気持ちには共感をおぼえるだけに、犯した罪を思うとやるせない。周りの人間が、あとほんの少しだけ生き物への思いやりをもっていたら、そこまで追い詰められなかったのかもしれません。
物語のなかで、主人公のボビーが花や鳥の名前を覚えるようになっていくのですが、名前を知ること、覚えることは、とても大切なことだと思うのです。その対象物を大切に思う気持ちとつながっていくと思うから。小鳥にも道端の小さな花にも、本当はみんな名前がある。鳥が死んだ、木が枯れた、花が咲いた、では漠然とした感情しか湧かないけれど、カッコウが死んだ、ケヤキが枯れた、コブシの花が咲いた、と対象物が具体的となり絵が浮かぶと、哀しさも嬉しさも全然違ってきます。人だって同じです。名前を覚えないのは、自分にとって大切という気持ちが小さいから。だから、名前を覚えてもらえないと寂しいんだろうなぁ…。と、脱線してきましたが、読んでほしい一冊、読んだ人がそれぞれにいろんなことを考え感じ取ってほしい一冊です。
作者のウォーカー・ハミルトンは本書が処女作。処女作発表後の翌年1969年に35歳(誕生日が来ていれば)の若さで亡くなっています。もう一作『Dragon's Life』という本を書いていますが、Amazon.comのレビューによれば、本書とはかなり趣を異にし、ドラゴンの衣装を着ながら自分探しをする失業中の俳優の話みたいです。なお、『すべての小さきもののために』は1998年に映画化され、日本でも2000年に『コーンウォールの森へ』という邦題で公開されています。レンタルがあったら借りてみようと思います。
会社という組織内の話ですから、ひと口に女性といっても独身者、既婚者、子持ち、バリバリのキャリアウーマンから補助的な仕事に従事する女性までいろいろいるわけですが、それぞれの心情の吐露が現実に存在する人から聞いているみたいにスッと理解でき、男の奥田氏にここまで書かれちゃたまんないなー、と脱帽です。想像だけでこれだけのことは書けないので、きっと観察力が鋭くて、女性から話を聞くのがうまいに違いありません。気づいたら言うつもりのないことまでしゃべらされてた、ってタイプかも(笑)
爽快感があるのは、登場する女性たちに潔さを感じるから。開き直った強さとも言えるかもしれませんが、なんだかんだいろいろ悩みながらもやるべきところはやり、怒るべきところは怒り、自分に正直であろうとする姿がかっこいい。また、謝るべきところはきちんと謝るという場面が2箇所ほどあるのですが、これってなかなかできることではありません。そこから生まれる女同士の心の交流が温かくて、ほろっとさせられ、この短編集の魅力を引き立てています。
33歳までOLをしていた私にとっては、懐かしい気もするオフィス・ストーリーでしたが、30代のみならず、20代(そのうち30代になるんだし)、40代(まだまだこれからよ)の女性のスタミナドリンク本としてもおススメです♪ 女同士、頑張ろうじゃあ〜りませんか!って気になりますわよ。
初めて読んだ桐野さんの小説『OUT』は、お弁当工場で働くパートの主婦たちが突き進んでしまう犯罪小説で衝撃を受けたし、『I'm sorry,mama.』の主人公(40代女性)の罪の意識なき悪行の数々にも圧倒されましたが、この短編集もなかなか強烈でした。
溜め込んだ負のエネルギーが憤怒となって臨界点を超えたとき、世界が一転する。表があれば必ず裏があり、内と外の世界は一人の人間のなかで接することなく共存している。境界を一歩踏み出せば、まるで別世界。
女性の“(暗部の)業”を描かせたら桐野さんの右に出る人はいないなぁ〜、なんて、知ったかなことをつぶやいてしまう、怖い小説です。
読んでから2〜3日経っちゃったので、簡単な感想になっちゃいました(^^;




