情景描写にしても会話にしても、すんなりと頭に入ってくるので、言葉の選び方や文章の描き方もうまいのだと思う。40代になってから読み始めた作家ですが、初めて読んだ『記憶の隠れ家』という短編集も怖さおススメです。正直に言うと、忘れたままにしておきたかった子供の頃の汚点も思い出してしまったけれど……。
上下巻読み終えて胸に残ったのは、血を分けた家族、それがない場合は血を分けた家族同然の存在というものが、人間にとってどれだけ大きなものであるか、ってこと。
天涯孤独とか、身寄りがないとか、言葉として目にしたり耳にすることはあるけれど、たとえば自分と血のつながりのある人間がひとりもいなくなってしまったとしたら、どれだけ寂しいだろう。
私の父は、いわゆる“もらわれっ子”で、祖父母と血のつながりはない。父が養子であることは、まだ小学生の頃に母から聞かされたが「絶対にお父さんに言うんじゃないよ」と言われて、何も聞けなくなってしまった。少し大きくなって、父の生家は“あの家”だろうと気づきはしたけれど、父から一度として親兄弟の話は聞いたことがなく、私からも尋ねたことはなかった。
父はもう20年以上前に亡くなってしまっているから、今後も尋ねることはできないわけですが、その生家には何人か兄弟らしき人がいたのは知っているし、徒歩10分もないような距離にあったから、子供の頃の父はさぞつらい思いをしたのではないかと思うのです。子供のいなかった祖母(本当は事情があって生き別れた娘がいたらしい)に懐いたのがもとで、養子にもらわれたと母には聞いたおぼえがあります。
今、生存している私の肉親は兄と姪と甥だけ。母方の親戚はいるけれど、母も10年以上前に亡くなっていて、もう付き合いもないしね。だから、もし私に兄がなく、したがって姪っ子も甥っ子もいなければ、身寄りがないも同然になるわけで。そう想像しただけで、自分の存在自体がものすごく頼りなく思えてくる。
夫がいるから救われるけど、なんの因果か私には子供ができず、血のつながりを新たに生み出すことはできない。今は寂しいとは思わないけれど、いつか無性に寂しく思うときがくるのかもしれません。
まぁそんな、思い出しもしなかったことを思い起こさせ、考えもしなかったことを考えさせてくれた小説でした。
主人公・香恵は、地方出身で一人暮らしをしている女子大生。大学の伝統あるマンドリンクラブに所属し、文具店(万年筆売り場)でアルバイトをするという、ありがちな“部活+バイト”生活を送っているが、ある日、自分の部屋の前の借り主が忘れていった1冊のノートを発見する。ノートは小学校4年生の担任となった女性の始業式前日からの日記帳であり、最初のうちは読むのを遠慮していた香恵も、生徒たちとの楽しい交流や不登校児童の母親との手紙のやりとりなど、“伊吹先生”の温かくて真摯で、チャーミングな人柄を偲ばせる記述を読むにつれ、日記を読むのが楽しみになっていく。
日記が一学期の終わりにさしかかった頃、突如、“隆(タカシ)”という人物が出現した。以後は、伊吹先生の苦しい恋の胸の内などもときおり混じるようになり、同じように進展しない恋の悩みを抱えていた香恵は、自分と伊吹先生を重ね合わせて、ふたりがうまくいくことを願いながら日記を読み進めるようになっていく――
さてさて、日記のふたりはどうなったのでしょう? そして、香恵が万年筆売り場で出会い、恋心を抱いたイラストレーターとはどうなるのでしょう? 香恵の親友が留学している間に、自分に言い寄ってきた親友の恋人を、香恵はどうするのでしょう?
ストーリーの大きな流れは予想がついてしまいましたが、心の傷を埋めきれなくとも、その傷に寄り添える人との出会いというものを信じてみたくなる、静かな感動をよぶ作品でした。
それにしても、女性が書いたような作品でびっくりです。作者のあとがきを読んで、その謎(?)も少し解けます。作品を読み終わったら、ぜひあとがきも読んでほしいです。
前半、万年筆売り場の場面が多いだけに、薀蓄っぽくもあるのですが、「万年筆なんて書きにくい」とだけ思っていた私は、なかなか面白く読めました。といっても、筆圧の強い私は、さらさらと書くことができないだろうから、やっぱり縁がないかな(笑)




